ひらふスキー場誕生50年の思い出

NISEKO Mt RESORT Grand HIRAFU

2011年8月

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プロローグ

テオドール・エードラー・フォン・レルヒ
 日本にスキーを伝えた重要な人物に、オーストリア=ハンガリー帝国の軍人テオドール・エードラー・フォン・レルヒ(1869〜1945)がいます。レルヒは日露戦争(1904?05年)でロシアに勝利して一躍世界の注目を集めた日本軍の研究のため、1910(明治43)年11月に来日しました。陸軍では、八甲田山での雪中行軍中に210名中199名が遭難した事件(1902年)の衝撃もあり、彼のスキー技術(長い一本杖スキー)に注目。新潟県の高田歩兵第58連隊でのスキー指導を依頼します。1912(明治45)年2月には、レルヒは北海道の旭川第七師団でもスキーを指導しました。そしてこの年の4月15日、彼は羊蹄山に登るために、倶知安(くっちゃん)村(当時)を訪れました。
蝦夷富士登山会本部前のレルヒ 登山中の一行

 倶知安町では、開基120年にあたる2012年に、レルヒ来町100年を迎えます。またその前年、2011年はひらふスキー場誕生50年。私たちは、こうした大きな節目に合わせて、「ニセコひらふのスキー史」をあらためて綴ってみたいと思います。その前史もたっぷりと含めて、ひらふを愛するあなたのためにロングシリーズではじまる「ひらふスキー場誕生50年物語」。どうぞご期待ください。

下山中